【書評】紙の動物園
ろぽんでございます。
表題作の『紙の動物園』で、ヒューゴ賞/ネビュラ賞/世界幻想文学大賞と史上初の3冠に輝いた中国系アメリカ人、ケン・リュウの短編集です。
アメリカ社会での中国人の扱いが、どのようなものであるのかを表現することが非常にリアルで、またSFの描写についても緻密で、そのなかで中国の文化的側面を見事に描ききっているところは、新しさを感じます。
なんだろう。
ハードSFだと中国やイスラム圏の文化がきっちり消化された形で描かれているものは過去の作品にもあるのですが、それを心情的に共感できるところまで、落とし込めている作家はケン・リュウが随一ではないでしょうか。
表題作『紙の動物園』は母親の偉大さと、不憫さが心から胸をうちます。
母の愛の表現方法がアメリカで生きる少年には届かず、死後、その思いを知ることになるときに老虎(ラオ・フー)の存在に涙を誘います。
『月へ』は新人アソシエイト・サリーがとある中国人親子の難民認定の初仕事を受ける話です。同時に親子がSF的世界観の中で、どこに存在しているのかを描写しています。この物語において、難民認定を申請する中国人の心情や欺瞞ややるせなさを、アメリカ人の健康的で理性的な思考との不協和音を表現しています。
こういう生き方をしなくてはならない中国人の現実に胸が痛くなる小説です。
『結縄』はとある民族の伝統技術がきっかけに、その民族がアメリカのとあるラボに食い潰される話です。
『結縄』という名前通り、縄の結び目を使った技術で記録し、過去を読み解くことができます。その技術を用いてアミノ酸の連結を読み解き、タンパク質の“正しい折り畳み”を発見して、あらゆる病気の製薬を可能にするという設定です。
その描写のわかりやすさと、古い民族がアメリカの民主主義に組み込まれていく侘しさが、印象深いです。
他には『太平洋横断海底トンネル小史』『心智五行』『愛のアルゴリズム』『文学占い師』の短編があり、どれも世界観が異なり、SF小説にしては読みやすく、読後感もよいので、一読の価値ありです。
この短編集の中で、個人的に好きなのは『紙の動物園』と『文学占い師』です。特に『文学占い師』では漢字をとりあげて、せつせつと語りあげるのですが、この描写には勉強になるところも多くて、物語として重要なところを占めているので、本当にうまい表現だなと感心したところです。
海外作品なんですが、どこか日本的情緒を感じさせる短編集になっています。
けれど日本人作家の短編でここまで情報量の詰め込んだ短編小説を読むことはなかなかできないと思うので、是非、一度ご覧になって下さい。