ろぽん日和

気ままに雑記ブログ

バスとあたしとキャラメルフラペチーノ

がたんっと揺れて、隣に立っている吊革に捕まった年配のおじさんの肩に触れないように少し身をよじる。

ゆっくりと流れるように見慣れ始めたバスの風景が過ぎ去っていく。

バスのガラスにうっすらと写るのは冴えない表情をした新調したばかりの高校の制服に身を包んだあたしだ。

 

お父さんの転職が決まって、あたしは住みなれた町を離れ、この町にやってきた。

ヘッドハンティングを受けて転職を成功させたお父さんは、前職を退職前に契約したハウスメーカーが提供する分譲地の一角を購入し、中々、立派な家を建てた。

前に住んでいた町より、交通の便もよく、母親にとっては自分の地元に近い事もあって、両親ともども引っ越しについてはとても喜んでいた。

まだ幼児の年の離れた弟は引っ越した当時は慣れない町並みにビクビクしていたが、前の町よりも園児が多い幼稚園でうまくやっているようだ。

習い事もたくさんできる環境で、今度、キッズテニスの見学にいくみたいで、前より世界も広がることだろう。

 

家族のみんなはそれぞれ新しい生活にとけこみ、楽しそうだ。

あたしを除いてではあるけど。

 

前に住んでいた町は田舎だった。

友達はママゴトをしていた頃からの顔見知りが多く、大きなショッピングモールまでは車で一時間以上かかって、その上、鹿注意の看板がたっているような、そんなところだ。

たまに近所にすんでいた林業のおじさんが軽トラックでひいてしまった鹿を血抜きして、解体しておすそ分けしてくる様なところだ。

よくいっていた喫茶店もなぜか中華が提供されるところで、部活帰りにコーヒーとラーメンを食べてたりした。

近所に友達と集まれるようなおしゃれなカフェやファミレスなんてなくて、いつもその事にたいして、よく友達とブーたれていた。

大学は都市部に進学して、今までできなかった現代社会の楽しみというやつを謳歌する事に決めていた。

 

それが高校一年の2学期の途中で転校する事になり、いきなり将来の目標が叶ってしまった。

 

当時のあたしは超喜んだ。

両親に負けずハッピーだった。

友達との別れの日はかなり泣いたけど、新しい都市部の生活に胸をときめかせていた。

 

けど、すぐに打ちのめされた。

 

新しい高校のクラスメイトはみんな垢抜けていて髪もサラサラでメイクもうまく、自撮りの撮り方も完璧だった。

ちょっとぽっちゃりしてるような子がいても、自分の魅力を引き出すコツみたいなのを知っていた。

地味な子達もいたが、その子達は空気を読んで、自分達の中で楽しくやっているみたいだった。

幼馴染ばかりで訳隔てないところですごしていたあたしはそういうところの空気を読めるべくもなく、転校生特権で誘われたおしゃれなカフェというやつにデビューする事になった。

 

そこですごく恥をかいた。

 

注文の仕方や並び方、メニューの見方や、写真の撮り方なんかが、もう目も当てられないほど下手で、それを笑われたのだ。

あたしをそのおしゃれなカフェに誘った連中は親切で誘ったわけじゃなく、田舎者丸出しのあたしを笑いのネタにする為に呼んで、その通りに弄んだのだ。

運の悪い事にその人たちは、クラスの中でヒエラレルキーの高い人たちで、それからも田舎者の私をさらに面白がるようにいじってくるようになった。

いじめほどひどいものではなくて、反応を楽しむライトなものみたいだけど、飛び火するのを怖れてか他の人たちはそんなあたしに中々からんではくれない。

 

あたしは今は一人だ。

あの頃の自分が懐かしい。

 

都市部に憧れたあたしは、その事を理解してくれた存在が身近にいたから楽しかったのだ。

 

ああ、本当に今、幼馴染と一緒にキャラメルフラペチーノとか頼んで語り合いたい。

なんだよフラペチーノって、コーヒーの種類多くて名前がすごく長く足せるとか知らないっていうんだよ。

検索したって、フラペってカキ氷じゃん、もう飲み物じゃないじゃん、意味わかんないし。それでカプチーノってイタリア語だし、店はもともとアメリカ発祥じゃないの? マジなんなの、もう。サイズの呼び方もよくわからんし。でもキャラメルいれたら美味しいから全て許せるけど。

 

そうやっておしゃれなカフェで話せたら、すごく楽しいだろうと思う。

他愛もなく意味もないおしゃべりを続けたら。

 

あたしはこの町が好きではないし、クラスメイトも好きではないし、おしゃれなカフェの事も今は好きじゃない。

 

けれどキャラメルフラペチーノは好きだ。

この町にきて好きになったものだ。

あれを飲んでると嫌なことを一時でも忘れられる。

 

だからなんだといわれるかもしれないけど、そうやって好きなものを増やしていく必要がきっとあたしにはある。

 

キャラメルフラペチーノは今の私の生命線だ。

 

この町で好きになったものがキャラメルフラペチーノだけで終わらすかどうか。

今のクラスメイトにキャラメルフラペチーノほどの価値があるか知らないけど、でもきっとどこかにはキャラメルフラペチーノみたいに好きになれる人がいるはすなのだ。

 

だってキャラメルフラペチーノは、フラペはフランス語でカプチーノはイタリア語、それを合わせて作った人がいて、その美味しさを伝えた人がいるのだ。それって何かと何かをつなげて誰かを楽しませてきたからであって、アメリカの会社で提供しているものが、日本の片隅にいる私の口に入って、幸せを届けてくれたのだから。

 

そうやって誰かに何かの幸せを運んでくれた人の事を、私は嫌いになる訳がないから。だからこれから出会うなにかの延長線上に私が好きになれる人がいる。

絶対いる。

 

だから無理やりチャンスだと思う事にする。

 

都市部に出てきたという事はそういったものに出会う可能性が増えるのだから。

まだ見ぬ誰かのために私は全部を好きじゃなくなったりはしない。

 

なにか嫌なことがあったときは大丈夫。

全部、キャラメルフラペチーノで逃げきってやる。

 

だから、次に出会える好きな人のために私はまたキャラメルフラペチーノを飲むことにする。