バスとワタシと箱
バスの中に、小さな女の子が腰掛けている。
反応がいちいちかわいくて、マフラーの中で口角が自然とゆるむ。
一緒にいるお母さんは女の子がなにかいうたびに、過敏に反応している様にみえる。
少しやつれてもいるようで、小さな子どもを持つ親がこの季節、倒れてしまっては大変だ。
他人の家の事だけど、少し心配になる。
手すりにつかまりながら、最近、新調した眼鏡のブリッジを指で押し上げて、読書に集中しなおす。
ワタシは私立中学で図書委員をしている。
図書館特有の古い本にかこまれた静かな空間が好きだ。
あそこだけ切り取られたみたいに、学校の中でも特別の場所で、普段騒がしいだけの友達との付き合いも忘れられる。
基本的に人付き合いが苦手だ。
なるべく一人でいたいと思っている。
一静かに本を読みながら、色々と想像を膨らませている時間がとても幸せだ。
でも、人が嫌いだという訳ではない。
人は好きなのだ。
ただ、近くにいすぎると息苦しくなるだけで、人と触れ合う時間を持つ事が嫌なわけじゃない。
いつだって人はみていたいものだから。
ただ、多くの場合、本を一人で読んでるときのほうが楽しいのだ。
後はこうやってバスの中で、人間観察をして、どういう人なのかを考えるのが好きだ。
今、読んでいる小説は猟奇ミステリーで有名な本で、箱が題材として大きく扱われている。すごく分厚い本だけど、同じ作者のミステリーを読んだことがあり、ぐいぐい物語に引き込まれていく。
少女を解体して箱詰めにしていくという概要は知ってしまっているんだけど、それでもそこに至る道筋には目を見張るものがある。
荒唐無稽なのに、そこには悲喜こもごもが詰まっている様に思う。
こういう本を読んでいると友達には猟奇的な話が好きなのかと思われるけど、別にそういう訳でもない。
ワタシが好きなのはそこに物語性を感じられるかだけなのだ。
物語。
普通に生きていると中々、感じる事ができない。
ワタシが若すぎるせいだろうか? まわりの友達が幼すぎるせいだろうか?
世の中が複雑すぎるせいだろうか?
ワタシには面白さが見出せない。
自分の人生がつまらないから、本を読んでいる。
そうだ、と言い切ってしまうと、それはそれでどうだろう。
多分、違う。
何故ならワタシは自分の人生そのものにはそんなに興味がないのだ。
普通で平凡であればいいと思っている。
ワタシは別に物語の主人公になりたいわけではないから。
ワタシは物語の読み手でいたいからだ。
だから、最近、人の人生には興味がある。
人の人生を本のように読み解く事に憧れを感じている自分がいる。
ただ、自伝を読みたいと今のところ、思っているわけではなくて、どちらかというと今この場で行われている誰かの人生のほうが面白い気がする。
あまりいい趣味とはいえない。
近頃、よく悩み相談を受けている。
普段、寡黙なワタシを真面目だと思って、口を開いてくれたのだと思う。
そのこはクラスの中心的な立場の子で、人望も厚く、優しくてかわいらしい女の子だ。文武もできて先生受けもよく、なにより明るい。
けど、そんな彼女にも少し人にはいえない過去があって、その事を知るきっかけがワタシにはあった。その事実を知っても態度を変えなかったワタシはどうやら彼女から信頼を得た様だ。
それから彼女がクラスメイトから受けた相談事の、また相談をワタシが受ける事が多くなったのだ。
だからワタシは今がチャンスなのだ。
人の人生を本のように読み解いていく事ができる。
今はただ聞かされているだけの平凡の話だ。
この子はその子がすき、けどあの子もその子が好き。
このグループはこいつがあいつを嫌い、でもあいつはこいつが好き、そういう事を知っている。
そういうどこでもあるような事をワタシは知っている。
ただ、知っているだけだ。
これだと物語としては面白くない。
どこでもある話だ。
ワタシは今、箱の話を読んでいる。
箱の話が面白いのは幾人もの登場人物の人生が描かれ、それが箱の話へと集約されていく、そこに一つのカタルシスがあるからだ。
この箱に関わる少女は解体され、幾人もの人間と掛け合わされる事になるようなのだけれど、その為にはバランスをはからなければならない。
さて、ワタシはクラスメイトの誰に一体なにを教えようか?
一体どの様に誰が誰を嫌っているかと伝えれば、みんなの中に感情が渦巻くだろう。一体どことどこのグループの関係を崩壊させれば、みんなが同様するだろう。そして、それらを行った人物を彼女にしたてあげるにはどうすれば効果的なんだろう。
その為には彼女の秘密をどこで皆が知る事になるのが一番なのかが重要だ。
そうしたら彼女という箱に全ての感情がつぎ込まれることになる。
それをワタシはみてみたい。
その物語をすごく読みたい。
もう少しで冬休み。
しっかりと筋書きを考えようと思う。
ああ、すごく楽しみだ。