ろぽん日和

気ままに雑記ブログ

バスとリーダーとサークル

バスから勢いよく飛び出していく女の子をみて、その元気のよさに震えた。
どこか必死で、なにかに食らいついていこうとする姿勢が眩しい。
自分のことを考えるとじわりとお腹が痛む。
あんな風に行動できたら、きっと違うんだろうなとは思う。
けど、そんなことができる訳がないのだ。

今、僕の所属しているバドミントンサークルは崩壊の危機にある。
もともと、サークルを立ち上げたリーダーさんがやめてから、こじれている。
みんなわがままが多くなって、新しくリーダーになった人がそれらを背負い込んでいる。
派閥かできて対立構造がうまれ、その軋轢をリーダーが中和するために、身を粉にしている。
けれど、どちらにたいしても玉虫色の対応をしてしまうリーダーは結局、ストレスのはけ口になってしまっている。

仲良くさせようと思っていたみたいだが、みんなを引っ張るリーダーシップもなく、うまくはいかない。

正直もうサークルを二つに割るしかないのに、その決断も出来ずにいる。
情けない。
本当に情けない。

そのリーダーは僕のことだ。
僕はなにも決められないでいる。
昔から、人のためになることはすきだった。
けど、なにか決めることが苦手なのだ。

なにか決めるというのはなにかを捨てるということで、それが誰かの不幸につながりそうで怖いのだ。

でも誰かが不幸になるのが嫌なら、今のサークルは一体なんなんだろう。
相手側の文句ばかりをいい、自分の要求を通そうとする。
一事が万事そんな調子だから、誰かが誰かを恨んでる。
まわまりをみて、相手をみて、自分をみて、それがとんな結果をもたらすかなんて考えもしない。
そんなことをしていてはみんな仲悪く一緒に崖に向かって落ちていくだけだ。

駅に走っている女の子の横顔がみえる。
まるでその必死の姿は怒っているようで、ふと僕は思ってしまった。

僕はきっと、叱るべきだったんだろう、と。
今更それが難しいことを知りながら、そんなことを改札を走り抜けていく女の子に思わされた。

バスとおあと不運

 バスを乗り間違えた。

 

 急いでいたせいで、よく確認をしないまま、違う行き場のバスに乗ってしまっていた。

 しかも間が悪い事に、乗車した事に安心して、まだ工事途中だった顔を整える為にメイクに必死だった為、気づくのに遅れた。

 

 やばい、マジ、やばい。

 約束の集合時間に間に合いそうにない。

 

 サークルでの合宿で、新幹線のとまる乗車駅で待ち合わせになっているけど、置いて行かれてしまう。

 このままでは旅先から四時間くらい一人の時間を過ごしてしまう。

 北陸新幹線かがやきに乗るのに、一人暗い旅路をいくなんて嫌だ。

 しかも色々と北陸をグルメにまわる予定なので、現地ではレンタカーを借りて、身軽に移動する上、富山育ちの私が案内する予定なのに。

 超迷惑な奴になってしまう。

 

 それは駄目、絶対駄目だ。

 

 バス停の向かう場所から最寄り駅を検索して、どうにか最短ルートがないか調べないといけない。

 隣の大学生風の男子が気楽そうで羨ましい。

 

 しかし、どうして私はいつもこうなんだろう?

 いつもどこか抜けていて、肝心なところで、ポカをしてしまう。

 

 今日は深夜までの居酒屋のアルバイトを終えて、仮眠したんだけど、夜勤明けにセットした目覚ましが一個は壊れていて、予備の一個は電池が切れいていた。それだけなら、まだ少しは余裕があったんだけど、間の悪い事に住んでいるマンションに空き巣が入ったみたいで、警察の事情聴取に時間をとられてしまった。

 

『どもこもならん子やね』

 

 昔、いわれた言葉が蘇る。

 どうしようもない子。

 そういわれたのだ。

 自分が大事に思っている時に、なにか不幸がおこったり、ポカミスをしてしまったり、私の楽しみを誰かが何かの利子がわりに吸い取っている気がしてならない。

 前世でなにかやらかしたんだろうか。

 そういえば占いをやってみたら、守護霊がよくないとかなんとかいわれたような気がする。

 高校受験の日に自転車がパンクして、徒歩で歩いてバス停に向かったら、事故がおきて遅れてしまい、急いで学校まで走っていたら、路面凍結ですべって怪我をしてしまったり。

 修学旅行の日に親類に不幸があって、両親が海外旅行へ行っている最中だったので、葬式に参列しなくてはならなかったり。

 友達との卒業旅行では、季節はずれの台風に巻き込まれ、南の島は陸の孤島の様になって、旅行先で避難訓練さながらに、予約したホテルにも泊まれなかった。

 どんな恨みをかえばこれだけ散々な目に合うのか、神様教えてほしい。

 もう本当に嫌だ。

 けど、それに飲み込まれて全て嫌な思い出にはしない。

 高校受験の時は怪我をしても、なんとか机まで這いずって、しがみついて、高校は受かった。

 修学旅行も葬式に参列した後に、修学旅行には参加した。

 卒業旅行もホテルには泊まれなかった代わりに避難場所で知り合った人と仲良くなって、その人のペンションに翌日は安く泊まれて、色々現地の人しか分からない、郷土料理なんかや観光スポットを楽しめた。

 

 一回諦めて、もういいやって思ったら、多分そういう事にはなってない。

 だから今回だって、なんとかなるし、なんとかする。

 

『おあ、だじゃかん』なんて絶対にいわない。

 

 調べた結果、途中タクシーを拾ったらなんとか、間に合いそうだという事が分かった。

 でもその為には次のバス停から走り、すぐ駅の改札をこえて、快速電車へと転がり込まないといけない。

 私は軽く深呼吸して、バスが停まると同時に駆け出した。

 

 

ういろう愛好家が増えたら愉快でございます

 ういろうといえばどこでしょう。

 やはり名古屋の銘菓として有名でございましょう。

 それとも本家本元がございます神奈川県小田原でしょうか。

 いやいや、ういろうの老舗といえば山口は外せないでしょうか。

 どちらのういろうも食させていただいた身としては、大変おいしくそれぞれの風土を感じられる美味でございました。

 しかし、関西の身の上でございますわたくしめにおきましては、やはり神戸がはずせないところです。

 米粉、砂糖、葛を使用し、一切の添加物を廃した一品でございます。

 独特のもっちりとした食感と胃にもたれない優しい味はなんともいえない甘露です。

 もう喜寿となりましたわたくしが幼少の頃より変わらない味を提供していただける希少なものです。

 年をとればどうも物覚えが悪くなりますが、この味だけはしっかりと往年をこの老体に繋ぎとめております。

 過去を思い返すものが、段々となくなっていく昨今、とても貴重な事です。

 しんみりとしてしまうような事だけではなく、ただこの年になっても好きなだけなのですが。

 最近、甘いものを控えるよう、娘がうるさいので、あまり食べられていないのが、不満でございます。

 とはいえ、洋菓子とは異なり、体に不純なものが含まれている訳ではございませんので、まだ娘の制止はましな方でしょう。

 わたしくが買って帰ると、人一倍食べますのに、いけずなことです。

 母子二代に渡りういろうが好きなのでございますが、今は孫も取り込む所存です。

 そうやって愛好家を作って、次代に自身の好きなものを残していきとうございます。

 やはり自分の好きなものが明るい未来を期待できれば、嬉しいものです。

 なかなか最近の若い方は食べられる機会もない事かと存じます。

 その際は一度、できたてのういろうを一つ食べてみてください。

 これが本当に美味でございますゆえ。

 皆様も騙されたと思って一度ご賞味下さいませ。

 

 

ろぼん日和について

 はじめましてろぽんと申します。

 このようにブログ名で挨拶させていただくのは初めての事で、少し緊張しております。

 ブログを開設して一ヶ月たちましたので、『ろぽん日和』を何故、立ち上げたのかを書かせて頂きます。

【そもそも何故ブログを書こうと思ったのか】

 文章を毎日書く習慣を身につけたいと思ったからです。

 私は不精な方なので、大体の事が長く続ける事ができない性質です。

 沸点が低いから、冷めるのも早い子ども時代を過ごし、大人になった今は中々その沸点まで沸くモチベーションさえ、もてないでいるんですね。

 理由は単純です。

・どうせやってみても、程度はしれているし。

・所詮自分なんかが、やれる訳がない。

 もう見限っているんですね、自分を。

 典型的な駄目な大人の見切りのはやさが出ています。

 年をとれば、自分がやってこなかったっていう大きな負の遺産と申しますか、そういうできなかった自分の実績に対して、かなりの確信を持っているんですね。

 やったことも自信になるんでしょうけど、やらなかった事も同じだけ自分に対する不信になるんです。人間、ネガティブに自分の事をとことん肯定できるというか。恐ろしいですよね。

【変わるきっかけ】

 そんな自分の心の持ちようが変わったのは、植松努さんのTED『思うは招く』を見たからです。


Hope invites | Tsutomu Uematsu | TEDxSapporo

 

 あまりにも有名な動画で内容の素晴しさについて、今更、僕がどうこういうのもおこがましいのですが、とても心に響きました。

 ああ、自分の事を信じてみてもいいんだ。

 信じられるように行動を起こしてみてもいいんだ。

 今できない事を追いかけてもいいんだと励まされた気持ちでした。

 それでも、僕は臆病なので、いきなり社会人をやめ、子どもの頃、夢みたものへ羽ばたいてみようとは思いません。

「自分ができるとしてあげられる=仕事になる」という言葉も心に響きました。

 どうにも自分にとってできない事に対してばかり、仕事でも気がいきがちで、自分にとってできる事を大事にしていませんでした。

 その為、まずできる事をしっかりやりきる事にしたんです。

 そうすると今まで気になっていた事が、前より気にならなくなったんですね。

 できることをやりきって、ちゃんと仕事として結果に結びつけていくと、できないと思っていた事もあまり気にならなくなり、場合によれば、できない事の一部もそれほど気にとめずこなすようになっていく自分に気がつきました。

 そうして理解させられたのはいかに自分自身に対して、今まで自信がなかったのかという事です。

 そして、自信は成功から身につくものだという事を知りました。

 少しずつでもいいので、行動が結実して成果として残っていくと、足元ばかりみていた顔をちょっとでもあげる事ができます。

 でも、その為には失敗を積み重ねる必要があります。

 成功するまで、失敗し続ける必要があります。

 それって目指すものが困難であればあるほど、すごくハードな事になるんだと思います。

 けど、思いを捨てきれないのであれば、結局のところ、『やる』以外の選択肢はないんです。

【なりたい自分】

 私は物語が好きです。

 小説にしろ、漫画にしろ、映画にしろ、ドラマにしろです。

 ただ好きなのではなく、もっと自分の中で煮詰めた根源的なドロドロしたものが混ざり合った感情の先に物語があります。

 物語は僕にとって逃避であり、娯楽であり、生きる為の術であり、人生の友です。

 今はまだ具体的な事がいえません。

 物書きとしての自分の目標というのを描く事ができません。

 中途半端な想いだけの文章でイライラされる方もいるでしょう。

 申し訳ないですが、これが本音なんです。

 結局のところ、若い頃に失敗した数々を、苦い思い出と死に際の後悔として迎える事になるのかもしれません。仕事が上向いたからといってネガティブな自分自身がいなくなった訳でもありません。

 ですが、この場で、このブログの中で、書き続ける事によって、少しずつ自信を積み重ねていきたいと思っています。

 誠に小さな決意表明になりますが、このブログに今後もお付き合いいただけましたら幸いです。

 

 

ロングスリーパーでもいいじゃない

 時間を有効に使いなさい。

 まさにその通りだなと思う。

 一分一秒を大事にしなさいと人はいう。

 仰るとおりですと思う。

 社会人になって年をとっていけばいくほど仕事量が増えていく。

 できる限り自分に与えられている時間を効率化させて、無駄を省いていく必要がある。仕事ではtodoリストを作成し、スケジュール表を日間、週間、月間と階層化して管理して、定例業務を定量化して、工数を削減させていく。無駄な業務を洗い出し、自部門で行う必要性があるか検証し、ふるいにかける。より労働コストに見合う業務を開拓して、仕事の改善につなげ、次の課題を探し出す。

 時間がないというのは言い訳で、時間は作り出すものだという昔の上司の言葉にならって、そのように仕事に努めているつもりだ。

 おかげで、それ程、残業を行わなくても早く帰れている訳だが、結局家に帰って何をしているのかというと、ほぼ寝ているのだ。

 僕はロングスリーパーという奴で、平日でも最低九時間は睡眠をとるし、休日なら十時間以上は寝ている。

 健康的に問題があるのかもしれないが、知った事ではない。

 ただ、ただ、布団の中でまどろんでいる事が幸せなのだ。

 子ども時代から、のんびりした性格で、人より行動が遅かった。

 それは、人より理解が足りなかったのもあるかもしれないが、それ以上に色々な事を見回して、ゆったりしておきたかったからだ。

 その為、子ども時代は苦労する事が多かったが、そのおかげで、人よりも作業効率を考えて行動するクセがついた。これは社会人になって役に立っているので、一見短所にみえる事がきっかけで、大人になって長所となる事がうまれた、自分にとっていい事例だろう。

 そうそう、なんの話しだったか、時間を有効に使いなさいという話だった。

 時間を有効にって難しい話だ。

 僕にとっては一見、人によって無駄にみえる事が、人生にとって、結構幸せな時間なのだ。

 他の人なら必要最低限な睡眠時間が確保されていれば、自分への投資や家族との時間、友達と遊んだり、もっと起きている時にできることに時間を差配するだろう。

 けれど、僕は眠る事による充足感にまさるものは人生の中でそんなにない。

 多くの場合、自分の睡眠時間を削ってまで、やりたい事ではないのだ。

 こういう風に言い切ってしまうと、いらぬ誤解を与えそうだが、さすがに生きていく上で、友人や家族、他人に対して迷惑になるような事に目つぶってまで睡眠を優先している訳ではない。

 ただ、何がいいたいかというと、一日を二十四時間だとすると、その内の場合によれば、二分の一近くを睡眠をとる為に、その他の事は最大限の効率化をはかろうと努力しているという事だ。

 僕にとって、時間を有効に使うという事はそういう事なのだ。